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宇都宮地方裁判所 昭和52年(行ウ)9号 判決

原告 門叶順子

被告 栃木県知事

訴訟代理人 石川善則 松岡敬八郎 高塚育昌 斉藤雅久 外四名

主文

本件訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一申立

一  原告

1  被告が昭和五二年二月二六日付けで別紙目録記載の財産(以下「本件財産」という。)についてした用途を廃止する旨の処分(以下「本件処分」という。)を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決を求める。

二  被告

1  本案前

主文と同旨の判決を求める。

2  本案

(一) 原告の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

第二主張

一  原告の請求の原因

1  被告は、本件財産について、訴外協同組合矢板シヨツピングセンター(理事長江部善之、以下「訴外協同組合」という。)からの昭和五二年二月四日付け申請に基づき、同年同月二六日、本件処分をした。

2  被告の右処分には、次のような違法がある。

すなわち、

(一) 本件財産は、その北に続く矢板市鹿島町一〇八四番一及び同番五の各土地の東側の国有地(水路、別紙図面の横線部分)及び同番五の北側の用水堀(別紙図面の「用水堀」との表示部分)と一体となつて矢板市の市街地を流れる塚原用水と呼ばれる河川(以下「塚原用水」という。)につながつていたものであり(以下本件財産及び右横線部分を併せて「本件水路」という。)、本件財産周辺における塚原用水の状況を見ると、曲折はあるものの全体にはおおむね北方から南方に流下し、流路は別紙図面記載のように本件水路の北方において分岐して東西二つの流れとなつた上、本件水路の南端辺りで再び合流している。

(二) 原告は、本件水路の北端の東側に隣接する矢板市鹿島町一〇八四番七現況宅地九九平方メートル(以下「本件宅地」という。)を所有し、昭和三七年ごろ本件宅地上に木造平家建の居宅を建築してからは右居宅に居住し、本件水路を生活用水、雨水等の排水等の排水路として利用している。本件水路は、かつては水田のかんがい用水路としての機能も果たしていたところ、本件水路の周辺地が事実上宅地化された現在においては、その機能は失われたものの、本件水路の周辺一帯が低地であるため、単に生活用水の排出路としてだけでなく、集中豪雨時の塚原用水からの溢水の排水路としても是非とも必要なものである。現に、本件水路が事実上埋め立てられてしまつた後である昭和五〇年六月二五日から同月二七日までの間、原告方では降雨によつて床下浸水の被害を受けた。

(三) 以上の次第で、原告が本件水路を右のとおり生活上利用する利益は、現代の都市生活においては十分に法的保護に値するものである。

(四) しかるに、被告は、原告の本件財産についての利益を配慮することなく、訴外協同組合に対しシヨツピングセンター建設用地として本件財産を売り渡す目的で、本件処分をした。しかも、訴外協同組合が本件用途廃止について1掲記の申請をするにあたつては、訴外協同組合の理事長及び理事らは共謀して、原告が右用途廃止に同意している旨の原告名義の昭和五二年二月一日付け「利害関係人の用途廃止に関する同意書」等を偽造し、これらを関係書類に添付して被告に提出した。したがつて、被告としては、訴外協同組合からの右申請は違法不正な行為に基づくものとして容れてはならないのに、これを看過して本件処分をした。

3  被告のした本件処分は右のとおり違法であるので、原告は右処分の取消を求める。

二  被告の本案前の主張

1(一)  取消訴訟は、違法な行政処分に対する個人の権利救済の制度であるから、処分の取消の訴を提起しうる者は、行政処分により自己の権利ないし法律上の利益が侵害され、かつ、処分の取消によつて回復すべき法律上の利益を有する者でなければならない。そして、右にいう法律上の利益が何であるか、その行政処分によつてだれがいかなる法律上の利益を害されることになるかは、その処分の根拠法規がいかなる者にどのような権利ないし利益を保護しているかを具体的、個別的に確定することによつてはじめて明らかになるものである。

(二)  本件水路は法定外公共用財産とされている建設省所管の国有財産(行政財産)であり、その管理権は、建設省設置法三条、国有財産法(以下「法」という。)九条、同法施行令六条により、昭和二四年二月一九日付け建設大臣と大蔵大臣との協議及び同年三月一六日付け大蔵大臣から建設大臣あての回答に基づき、建設省所管国有財産取扱規則三条をもつて建設大臣から国の機関としての被告に委任されているのである。

(三)  ところで、法によれば、公共用財産は、公共の利益を目的として一般公衆の共同使用に供されている物であるから、これによつて利用者が何らかの利益を得ているとしても、それは一般使用が認められていることによる反射的利益以上のものではなく、何ら個人の具体的利益を保護する趣旨を含むものではない。したがつて、原告が本件処分によつて何ら法律上の利益を侵害されることにならないことは明らかである。

2  のみならず、本件水路は、大正一〇年から、その周辺の栃木県立矢板高等学校の実習田に対するかんがい用水路として利用されてきたが、昭和二九年ごろ土地改良事業が施行された際、本件水路の周囲のごく限られた水田のかんがい用水路及び作場道として存置されたものにすぎず、もともと雨水等の排水や塚原用水の溢水時の排水路として設置されたものではない。したがつて、原告が本件水路を生活用水・雨水の排水等の用に供していたことがあつたとしても、それは本来の目的にそつた利用ではなく、周囲の水田耕作者から苦情を言われながら事実上排水路として使用していたものにすぎないから、原告は、本件財産の用途廃止について何らの利害関係を有するものでもない。

3  しかも、原告の生活用水の排水については、本件処分前である昭和四七年ごろ、訴外株式会社那須ハイランドボウルが、矢板市鹿島町一〇八四番四及び同番二の土地とともに本件財産についても造成工事を行つてその水路としての形態・機能を失わせてしまつた際、塚原用水までの原告の生活用水の代替排水路を設置した。以来、原告は右排水路を管理し、利用している。また、雨水等の排水については、訴外協同組合が、本件処分に先だち、過去の観測資料により最大雨量一時間一〇〇ミリメートルという十分な予測を設定し、かつ、周囲の土地の状況をも考慮に容れた排水計画に基づいて代替排水路を完備している。したがつて、本件財産の用途廃止による原告の生活用水、雨水等の排水路の喪失というような利益侵害はない。

4  以上のとおり、原告には、本件処分によつて侵害される法律上の利益はもとより、本件処分によりもたらされる事実上の不利益すらもなく、したがつて、原告には本件取消訴訟によつて回復すべき法律上の利益は存在しないから、原告の本件訴は不適法である。

三  被告の本案前の主張に対する原告の答弁及び反論

1  被告の本案前の主張1のうち、(二)の事実は認め、その余の主張は争う。

2  同2の主張は争う。

3  同3のうち、本件財産が昭和四七年ごろ周辺土地とともに埋め立てられて機能を失つていたことは認めるが、その余の主張は争う。

4  同4の主張は争う。

取消訴訟の原告適格を基礎づける「法律上の利益」は法律上保護に値する利益を含むものと広く解されるべきであるところ、原告は本件処分により本件財産を利用する切実な生活上の利益を侵害されたものであり、本件財産による生活上の利益は法的保護に値するから、原告には本件処分の取消を求める原告適格がある。

四  請求の原因に対する被告の答弁及び主張

1  (答弁)

請求原因1の事実は認める。

同2の(一)の事実は認める。同2の(二)のうち、原告が本件土地を所有してそこに居住していること、原告が主張の日時ごろ、主張のような浸水被害を受けたことは認めるが、その余は争う。同2の(三)の主張は争う。同2の(四)のうち、訴外協同組合が、原告主張のような偽造同意書を添付して本件用途廃止申請をしたことは認め、その余の主張は争う。

2  (被告の主張)

(一) 請求原因1のとおり訴外協同組合から被告に対し昭和五二年二月四日付けをもつてされた本件用途廃止の申請は、これに先だつて行われた本件財産の周辺土地についての都市計画法上の開発行為許可申請及び公共施設の管理者の同意申請に関連して行われた。そこで、本件用途廃止の申請に対する被告の調査も、右のとおり関連する他の申請に対する調査に関連して行われた。

(二) 被告は、右開発行為許可申請に対する調査として、昭和五一年一二月二四日及び同五二年一月二一日の両日関係地域の現地調査を行つたが、これにより本件財産が既に水路としての形態・機能とも喪失しており、原告の生活用水の排水については十分な代替排水路が設置され、それを原告が使用していることをはあくした。

(三) 被告は、右事実に基づき、また、本件財産の周辺農地の宅地化等の現地の状況からしても、本件財産が建設省所管国有財産事務処理要領2の3の(1)所定の「公共用財産としての機能を失つている場合において、これをもとの用途に供する必要がないと認められる場合」に該当するものと認めて、本件処分をしたのである。

五  被告の主張に対する原告の答弁

被告の主張の(一)の事実は認める。同(二)の事実は知らない。

同(三)の主張は争う。

第三証拠〈省略〉

理由

一  請求原因1のとおり本件処分が行われたこと、本件水路がいわゆる法定外公共用財産であつて被告主張のとおりその管理権は建設大臣から国の機関としての被告に委任されていたことは当事者間に争いがない。

二  ところで、行政処分の取消の訴は、当該処分の取消を求めるにつき法律上の利益を有する者に限り提起しうるものである(行政事件訴訟法九条)。そこで、原告が本件処分の取消を求める法律上の利益を有するか否かであるが、公共用財産は、国において国有財産を直接公共の用に供している物であるから、一般公衆は、これを自由に利用することができるが、その利用関係から、当該公共用財産の用途又は目的について、特定の権利はもとより国有財産法規によつて保護される利益を個人的に有するに至ることはありえないし、あつてはならないのである。したがつて、一般に、市民生活における公共用財産の利用者は、その用途廃止に伴つて本来国有財産法規によつて保護されている利益をき損されるということもまたありえないから、その用途廃止処分の取消を求める法律上の利益を有しないというべきである。

もつとも、公共用財産といえども、当該公共用財産の性質上、特定個人の生活に個別性の強い具体的利益をもたらしていて、特定個人においてそのような利益を享受することが公益的観点からも実質的理由を有すると認めるに足りる特段の事情がある場合には、国有財産法規の解釈、運用においてもこれを無視することは許されず、そのような利益ないし特段の事情は、公益と密接不可分であるがゆえに、国有財産法規上保護されている利益と解すべきである。したがつて、公共用財産の用途廃止処分であつても、このような利益を現実にき損された者は、例外的にその取消を求める法律上の利益を有するというべきである。

そこで、原告が本件処分により右に見たような意味の特別な利益のき損を受けたか否かについて検討するに、本件財産ないし本件水路と塚原用水との関係及び本件財産周辺における塚原用水の流路等の状況についての請求原因2(一)の事実、原告が本件宅地を所有してそこに居住していること、原告は同所において昭和五〇年六月二五日から同月二七日までの間の降雨により床下浸水の被害を受けたこと、他方、本件財産は昭和四七年ごろ周辺土地とともに埋め立てられてその機能を喪失していたことは、いずれも当事者間に争いがない。また、成立に争いのない乙第五号証、第七ないし第一〇号証、第一八号証、原告本人尋問及び検証の各結果並びに弁論の全趣旨によれば、原告が右のとおり本件宅地(登記簿上の地目は田)を所有してこれに居住するようになつたのは、昭和三七年、水田地帯の一角を買い求め埋立てによりその宅地化を図つて以来であること、原告は右同所に居住するようになつてから本件水路に生活上の雑排水を流して排水路として利用してきたが、本件水路はもともと周辺数筆の水田の各所有者がかんがい用水路として、また、水田への作場道として利用していたにすぎないものであること、また、原告が降雨による溢水の被害を受けたのは、昭和三七年以来現在に至るまで、昭和四一年ごろと前記当事者間に争いのない昭和五〇年六月の被害の二回だけであること、それらはいずれも、前記のとおり当事者間に争いのない請求原因2(一)掲記の東西二つの流れがはんらんし、本件宅地の北側市道が右二つの流れをそれぞれまたぐ橋付近からあふれ出てその中間地帯である本件土地周辺に及んだためにもたらされた被害であり、そのような事態の発生は多大な降水量があつた場合の事であつて本件処分の前後を通じて特段の変化が生じているような状況ではないこと、本件処分に先だち、被告の本案前の主張3のとおり順次本件水路の代替排水路が設けられたため、原告としては本件処分の前後を通じて日常生活の利便に別段変動が生じていないことが認められる。原告が本件財産によりどのような利益を得ていたか、また、本件処分によりどのような利益をき損されたといえるかを判断するのに必要な特段の事実はほかに見出しえない。

以上の事実によれば、原告が本件財産によつて得ていた利益は、先に説示したところに照らして国有財産法規上保護されている特別の利益と目するにはほど遠く、関係法規の保護法益のらち外の事実上の利益の域を出ていないというべきであり、しかも、原告は、本件処分によりそのような事実上の利益すら別段損なわれていないことが明らかである。

三  以上のとおりであるから、原告は、いずれの観点からしても、処分の取消を求めるのに必要な行政事件訴訟法九条所定の法律上の利益を有する者ということはできない。

よつて、原告の本件訴は不適法であるからこれを却下し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 奥平守男 赤塚信雄 安間雅夫)

本件水路等所在概略図〈省略〉

目録

所在 栃木県矢板市鹿島町一〇八四番二先

地目 水路

用途 普通河川

面積 一九九・九九平方メートル

別紙図面〈省略〉の斜線部分

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